心地よいつながりの中に身を置ける街。作家 小野美由紀が見つめる、代々木上原

代々木上原の駅の東口を出て右を見れば、ゆるやかな光の梯子のように坂道が高架下の日陰から日向へと続いている。

この坂が好きだ。

踏みしめながら登ってゆく。左手には花屋「ムギハナ」が、その向かいにはフレンチレストランの「Sio」がある。左の細い道に入れば蕎麦の老舗「川せみ」があり、右の細い道に入れば行列のできるドーナツ屋「ハリッツ」がある。

肩に重力を感じながらそのまま登り続けると、坂の終わりごろ、右手に創業87年の太田屋豆腐店が見えてくる。あらゆる食の名店が揃うこの街で、私はここの厚揚げとしぼりたての豆乳が一番のご馳走ではないかと思っている。

ブータン料理の有名店「ガテモブタン」を過ぎると、坂はパティスリー「ビヤンネートル」にぶつかり、そのまま井の頭通りへと導かれる。

信号を超え、道は「上原仲通商店街」へと続く。ヴィンテージの雑貨や服を並べる「ARCHWAY」の向かいには、変わり者のシェフがオーナーを務めるフレンチの店「ピジョン」が、その隣にはカフェ「ナイマ」が、こってりざっくりジューシーなとんかつの老舗「竹乃」が、さらに進むと豆パフェの店「スカーレット」が、またまたヴィンテージの服を売る「SNAK」があって、ハチ公バスに追い越されながら上原小学校を過ぎれば、私のアパートの白い壁が見えてくる。

上原のよいところは、ざらり、ごつりな手触りの老舗の名店と、若者の集まるつるりとぴかぴかな流行の店が、抱き合わせのように交互に並んでいるところである。

上原は35年の人生で、初めて “街” で選んだ引越し先だった。それまでは、シェアハウスだの、恋人の家に転がり込む、だの、はたまたライターとして独立したばかりの頃には「お金がないのでどこでもよいから風呂なしアパートを紹介してください」と不動産屋さんに頼む、だの(それで辿り着いたのが代々木八幡で、上原に住む布石となる)、場所ではなく「家」で住居を決めてきた。

ようやく収入が安定し、好きな場所を選べるようになって、どこに住もう、と考えたとき、思い浮かんだのが上原だった。

ぴぃ、と甲高く空を裂く笛の音がする。どろどろとした太鼓の音が、街全体を深く包み込む。ふりかえれば、法被を着た大勢の人々がわっせわっせと神輿を担いで楽しそうに歩いてくる。大人も子供も嬉しそうにはしゃいでいる。例年の代々木八幡宮祭禮だ。洗練された最先端の顔をもちながら、3代、4代と世代を継いで長く住む人の多いこの街では、昔からの行事がしっかり残っていて、お祭りの日には街全体が浮き足だつ。上原駅前祭典会・上原銀座祭典会・上原親青会と、3つの町内会の人々が、豪華な神輿を担ぎ街中を練り歩く。

気取ったアパレルショップの頭上は提灯に彩られ、流行の店の集まる駅前には白いテントの御神酒所が立つ。違和感は拭えないものの、普段は澄まし顔のこの街の裏側にある、泥臭い人の繋がりを感じられるのはこの日だからこそだ。

祭りの日だけではない。ハロウィーンには道じゅうが仮装した子供達であふれる。そっけないようでいて、上原での暮らしは常に、見守る人々の目と体温がある。

繋がりがあるのは、長く住む人々ばかりではない。駅前のスタバは一日中、Macとにらめっこするフリーランスの若者であふれている。

私もそのうちの一人だ。ライターやデザイナー、音楽関係の仕事、クリエイティブな領域に関わる人々が上原には多く住む。毎日顔を合わせていれば、だいたい誰がどんな職に就いているのかわかってくるし、会話を交わすうち、仲良くなった人もいる。「ここにくれば誰かしらと会える」安心感が、自由業者の心もとない生活を支えてくれる。

外国人も多く、モスクがあるせいだろうか、駅中のスーパーではいろいろな言語が飛び交う。ある日ハチ公バスに乗ったら、アフリカン・アメリカンの親子と隣り合わせた。車内にハチ公バスのテーマがかかり、口ずさんでいたら「この曲、なんて曲かわかる?」と声をかけられ、検索してURLを送ってあげた。それ以来、バスの中で会うたびに会話を交わすようになった。一度買い物したら顔を覚えてくれるような個人商店も多い。

「小野さんの好きなやつ、入荷しましたよ」などと、ヴィーンテージ雑貨店「ARCHWAY」の店員のお兄さん(ここでレンガ色の1960年代のイギリスのカーテンはお気に入りだ)は街ですれ違うたび教えてくれるし、「ピジョン」のシェフは聞いてもいないのに料理のうんちくをペラペラと披露してくれる。それが楽しみで足しげく通ってしまう。

「街から人のつながりが生まれる」という体験を、東京で初めてしたのが上原だった。都会のど真ん中なのに、人と人の距離が近い。言葉を交わすわけでもないのに、住む人全員が街の一員だと思えるような空気が上原にはあるし、住む人の気質が街にしっかりと反映されている。

住宅街を抜けて茶沢通りに出れば、自家ローストしたほうじ茶の飲める「東京和茶房」が見えてくる。左に進めばアンティークの名店「グラフィオビューロスタイル」があり、右に行けば美味しいおでんの店「おかめ」がある。

ヴィンテージクロッシングの「SwallowEquipments」のショーウィンドウを覗いていると、変わった見た目の犬を連れた男の人が通り過ぎた。上原は犬が多い街だ。他の街では見かけたことのない、珍しい犬種や大型犬を連れた人も多い。それまでは猫派だった私が、上原に越してきてからは犬猫両党になった。この街に住むと、犬も同じ街の一員、という感じがする。

低層住宅地域だからか、上原から見上げる空は広い。人も犬も、上を向いて歩いている。

「バタフライカフェ」のベトナムチェーは毎日食べたいほど美味しいし、「ディッシュ」のミートパイは店だけでなく街を代表する看板メニューだ。新陳代謝が活発で、「Sio」や「セララパアド」のような実験的なレストランが輝きを放つ一方で、中華の「大勝軒」や洋食「ふうらい坊」など昔から続く名店が今もしっかりと存在感をもっている。

この街で暮らしていると、街とつながっている安心感が常にある。全ての店が上原の看板だし、全ての人が上原の住人であるという感覚がある。上原という街が好きだというのは、上原に集う人が好きなのと同義かもしれないなと思う。この街に住まなければ、きっと出会わなかったであろう人々にも出会えた。

若い頃には、家といえば寝るための場所だった。今は、街の中に身を置くための起点である。大人になってやっと街に淫する楽しみがわかってきた。生きることは実験の繰り返しであると、鮮やかに表情の移ろい変わる、上原という街は教えてくれる。

「フレンチにおいて、酸味は味の輪郭なんです」と、ピジョンの変わり者のシェフは皿を下げながら言った。なら中身は何だろうと思ったが、それには答えなかった。

上原という街も同じだと思う。

流行の店、洒落た店は第一印象を左右する輪郭。だがそのきりりとした縁取りの奥に、甘いクリーム、こってりとしたソースのように、濃く、重たい人間同士のつながりがあり、そちらの方が実は暮らしの味わいを決める主体なのかもしれない。

  • Text by 小野 美由紀
  • Photo by 今井 淳史

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