引っ越しには、ドラマがある。あの日、あのとき、どんな想いで新生活をスタートしたのか、その経験が今にどうつながっているのかを伺うインタビュー。
今回お話を伺ったのは、『オタク女子が、4人で暮らしてみたら。』(幻冬舎) の著者、藤谷千明さん。フリーランスのライターとして活躍している藤谷さんは現在、同世代の同性4人で一軒家にて暮らしています。
藤谷さんはいわゆる「オタク女子」。長年連れ添ったパートナーと同棲を解消することになり、都内の1Kで一人暮らしを始めたものの、V系バンドほか、雑食のオタクである藤谷さんの部屋にはものがあふれ、そのあふれたものの中で、孤独を感じるときも。
肩に重くのしかかる、都内一人暮らしの家賃コストもまたしんどく、悩んだ藤谷さんはある解決策を思いつきます。同じように一人暮らしするオタク仲間とルームシェアすればいいのでは? 「家賃コストと孤独感の解消」という目的を同じくする仲間を集めるべく、さっそく行動を開始した藤谷さんが辿り着いた生活とは-。
まず越えなければならなかった、物件探しと審査の壁

− ご著書を拝読し、オタクの夢ともいえる生活を手にされた藤谷さんですが、お部屋探しは大変なこともあったようですね。
「はい、実際にルームシェアをすると決めて、メンバーが集まり、部屋探しを始めてみて痛感したんですけど、友人同士などでルームシェアができる物件がとても少ないなと思いました。本にもギャグっぽく書きましたけど『ペット可』の物件よりも少ないのではと。それだけ、ルームシェアをやりたいと思っている人が少ないのかもしれないですけど、『二人入居可』『家族可』と書いてあって複数で住むことを想定している物件でも、ルームシェアとなるとNGになるケースがけっこうありました。
さらに、『ルームシェア可』と書いてあるところに問い合わせしても『きょうだいのルームシェアならいいけど、他人同士のルームシェアはNG』という家主さんもいましたし、血縁者主義みたいなところがいまだにあるんだなと思いました。『二人入居可』というのも “結婚を予定した男女二人” という前提だそうで。友人関係は法的拘束力がないので、ルームシェア解散の可能性をリスク視しているんでしょうね。でも結婚を前提としていても、すでに結婚していても、人間、別れるときは別れますからね(笑)。
それに、私はそれなりに仲が良かった妹と住んでいたときも、数カ月で破綻したんですよね(笑)。私の友人には、他人同士の二人暮らしで10年以上一緒に暮らし続けている人もいるので、血縁や戸籍関係ばかりを重要視するのもなあと感じています。物件は探すのに本当に苦労して、2、30軒は見たと思います」
− 4人で住むにあたって、物件の条件はどのように決めたのですか?
「物件の条件はリビングなどの共有スペースから洗濯物が干せる場所につながっているかとか、トイレはふたつあるかだとか、部屋の広さがそこまでばらつきがないとか生活をする上で、誰かが不平等に感じてしまわないかを重視しました。今の家は各個室が6畳~8畳で、部屋の広さで家賃措置をとっています。
あとは物件の内部の話ではないのですが、立地が通勤に不便がないかは会社員の人の希望を優先しました。フリーランスが2人なので、4人とも会社員だったら、場所の時点で決まらなかったかもしれないとは思います」
− その条件を満たす物件を見つけるのはなかなか大変だったのだろうと想像します。
「そうですね、マンションも視野には入れていたんですけど、なかなかそういう物件はありませんでした。4LDK以上で、洗面所とトイレが2つとなると、都内の場合は二世帯住宅みたいな間取りになるか一軒家くらいしかないんですよね」

− 一軒家って、木造になると思うので、4人で暮らしてるとお互いの生活音が気になりそうだなって思いました。防音は条件ではなかったんでしょうか。
「生活音は実際に暮らしてみてもそんなに気にならないです。ひとりは自室が1階で、2階は3部屋が隣同士なんですけど、基本もくもくと何かをやっているので、あまり音を気にしたことがなくて。住む前に同居人たちからは、『夜中にSkypeしたりするけど大丈夫?』みたいな相談が出ることはありました。ほかには、『リビングなどの共有エリアでは深夜は静かにしよう』くらいの感じです。でもこれは大抵の家庭ではそうですよね。ただ、私が夜中に作業することも多いので、これまで誰かから指摘されたことはないのですが、部屋に防音シートを導入したほうがいいかな? みたいなことは考えたりしています」
− なるほど。そうして、申し込みたい物件が見つかったけれど、審査を通すのが大変だったと本に書かれていますね。
「はい。友達4人というあまりないケースだったことと、最初は自分の親に保証人をお願いしたんですが、仕事を引退している年齢なので『保証人が会社員でない』という理由で保証会社の審査に落ちてしまい、正社員の妹に頼みました。私は4人姉妹なんですけど、その妹しか正社員で働いていなかったので、全員非正規、あるいはひとりっ子だったら難しかったかもしれません。その場合は私ではなく、別の同居人を代表にして審査を通していたと思いますが」
− 審査が通ってよかったですね。そのほかにも審査にはドラマがいろいろあって、読んでいて面白かったです。会社員の同居人の方が会社の家賃補助をもらうために会社のルールと戦った話とか。同じ苗字でないと補助がもらえないところを、契約書ではないんですけど、不動産屋さんに「これだけ払っています」という書面を作ってもらって会社の総務に出してみたところ、通してくれたと。
「同居人が総務にかなり交渉したので、根負けしたんでしょうね。その書面を出したあと、いいとも悪いとも言われなかったけど、次の月には補助が振り込まれていたそうで。厳密に法で決まっていること以外は、けっこう言えばなんとかなるんだなあと。とりあえず “言ってみる図々しさ” って、若いときにはできなかったので、アラフォーならではの処世術かもしれませんね(笑)」
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遠征のときに友達が来るから泊める、みたいな感覚で暮らしています(笑)

− そうして無事に審査が通り、始まった4人暮らし。この4人の組み合わせも面白いなって思いました。ふつうに考えたら、すごく仲がいい友達を集めたくなっちゃうと思うんですけど、集まったのは距離感がそこそこあるひとたちなんですよね。
「確かに。一番最初に誘った丸山さん(注:書籍内の仮名表記)は10年以上つきあいのある友人で、昔は地方に住んでいた彼女が東京に来た時には家に泊めたりしてました。でも、これはオタクあるあるだと思うんですけど、そんなに関係の深い友人でなくても、家に泊めたりしません?」
− しますね! 私もオタクで、遠征で東京行くから泊めてくれない? って同じオタクに言われたら、そこまで仲良くなくてもふつうに泊めます。ほかにもオタクあるあるネタが随所にちりばめられているのも面白かったです。同居人たちの本名を審査の書類で初めて知った、とか、わかる(笑)。
「ですよね(笑)。パセラに集まって遊ぶときなんかでも基本的に本名で予約しているので、『え、誰?』ってなりますよね。そういう、遠征のときに友達が来るから泊める、みたいな感覚でみんなで住んでいる感じはありますね。いきなり距離感がそこそこあったひとたちと一緒に住むってどうなの?って言われることもありますけど、今の説明でオタクの方は納得できる人も多いのでは?(笑)」
− 今の物件で、気に入っているところと、もっとこうだったらと思うところを教えてください。
「気に入っているのは収納が多いところです。あと古い割には水回りがリフォームされていているのと、食洗機があるところ。食洗機はちょっと型が古いんですけど問題なく使えます。それで家事分担がひとつ楽になるじゃないですか。キッチンは重要ですよね。ただ広さ的に2人が限界で、4人では立てないので、そこは難点かな。でも4人そろってご飯を作ったり食べたりすることはあまりないので、特に不便ではないです。
“もっと” と思うところは、古い物件なので、断熱がぜんぜんだめで、冬が寒くて夏が暑い。まあそこはね、古い一軒家ですしね、仕方ないと納得しています」
4人暮らしは自立している大人同士だからできたことだったのかも

− 生活費の面だけでなく、メンタル面でも孤独感が解消されて、すごくよさそうです。ひとつ気になったのは、同居人が欠けることが怖くなったりしないのかなあと。同居人たちに精神的に依存してしまうようなことはないのでしょうか。
「どうなんでしょう。そもそもが “大親友” 的な関係ではないですし、たとえば今後、“卒業” して引っ越すメンバーが出るときに何か思うのかもしれないですし、ルームシェアを今後、解散してひとりになることがあったら、さみしくて泣いてしまうかもしれませんけど。同居人たちもみんな、よそはよそ、うちはうち、という考えなんです」
− たしかに、自立しているアラフォー同士だからこそ成り立つ関係なのかもしれないですね。
「さっきも話したように、めちゃめちゃ仲のいい人同士だったら成立しなかったかもしれないです。今はコロナ禍で出かける機会も減りましたが、もともと観劇やライブなど外に出る趣味が多い4人ですし、より深い人間関係はみんな家の外で築いているのではないでしょうか。家にそれを持ち込むとこじれやすいので」
− そしてオタク同士だったことが最大の成功ポイントですね。
「そうかもしれませんね。この本を出版後、オタクの方たちから『自分もルームシェアをしているけどすごくラクです』といった感想をいただきました」
− ルームシェアしてみて起こったオタクあるあるエピソードはすべて微笑ましくて、くすっとなりました。
「もちろん、本にあるような楽しいことも多いですが、通常営業はみんな無表情だったりします(笑)。昼間、私は2階の部屋にいて、もうひとりのフリーランスで服飾作家の丸山さんがリビングで作業していることが多いんですが、私がお茶を取りに下に降りていくと、『おつかれぇ』って無表情で言われます。
同居してよかったことのひとつに、人の料理を食べたり、逆に自分の作った料理を振る舞うことができることがありますね。『誰かの作った料理を食べる』『自分の料理を誰かに食べてもらう』って、精神が安定するというか。ほかにも、4人いればネット通販で色々な美味しいものをお取り寄せもしやすいですし」
− あと2人ではなく、4人だったからバランスがとれたんでしょうね。
「最初は『2人で暮らそうよ』って話してたんです。でも『2人はもめるから、3人以上がいいね』という話になりました。その判断は正しかったですね。4人全員が同時期に繁忙期ってことはないし、急に全員が風邪でダウンする可能性も少ないので、誰かが忙しかったり、具合が悪くなったときでも、ほかの誰かがその穴を埋めることができます。
そういえば、10年前くらいに、激務の女性が『(男性のように自分を支えてくれる)お嫁さんがほしい』って言う人、結構いませんでした?」
− いましたね、私も言ってました(笑)
「親密な関係のパートナーに癒やしを求めたいというのであれば、別の話になってきますが、家事や生活コストの軽減に関していえば、2人ペア限定である理由はないんですよね。4人いれば家事を分担できる。みんなが各々の家賃を払い、勝手にやりつつ、助け合えるから自分の仕事に集中できるので働きやすくなりました」

− 新しく大きな何かを買うときには、共通のフローがあるんですか?
「グループLINEに『これが壊れてます』とか、『新しくこれを買いたいです』というのを投げてます。お米とかにんじん、たまねぎとかよく使うものはアマゾンの定期便で頼んでいて、共有費から払っています。あまり使わないものは各々で買っていて、冷蔵庫に食材や調味料のマグネットを貼って、在庫がわかるようにしています。
そういうことも含めた意思の疎通には気を遣っていますね。言った言わないにならないように、LINEの文字に残すようにしたり、冷蔵庫に入っているものをマグネットシートを貼ってわかるようにしたり、月末にはアマゾンの定期便はこの内容でいいかな? とLINEに投げて『洗剤は? お米は? まだ大丈夫?』みたいなことを確認したりしています」
− それって誰かサボってる人はいないんですか? まかせきりにする人というか。
「家事に関しては、アプリで管理して “見える” 化していますし、そもそも家事負担が約4分の1になるので、そんなに不平等感はないように感じています」
食べるものが充実する、女4人のクオリティーオブライフ

− ルームシェアを始めてから、もめたことはないんですか?
「うーん、私が昼夜逆転した生活をしているのを見て、『フリーランスの人って本当にそうなんだ』ってびっくりはされました。『本当に時間がフリーなんだね』って。でも『これは常識がないだろう』っていうのは特にないですね。10年くらいみんなTwitterでつながっていたので、価値観のずれがあっても、この人たちは言えばなんとかしてくれるだろうし、私に何かを直してほしいと言われたとしても、この人たちが言うならきっと正しいんだろうと思えるのはありますね。全部をSNSに書くわけではないですけど、SNSの中でもTwitterは特に内面がにじみ出るものですし。
あとは、もめる前に言葉にして言うようには心がけています。『この私物、リビングに出しっぱなしですけどそんな頻繁に使うんですか?』とか。そうすると『そうですね、あまり使わないから自室に持っていきます』となります。そういうことが言える関係にはしておくのがいいと思います」
− 家庭の共同経営者という感じなんですね。
「みんな何かをしてほしいときは理由をちゃんと言ってくれるので。“話せばわかる” 人にもともと声をかけたのでそこは重要ですね。仲はいいけど一緒には住めない人もいるじゃないですか。落ち込んだときに八つ当たりをするとか、酒癖が悪くて泥酔して人の部屋に乱入する……みたいな人は苦手かもしれないです」
− 確かにそれはちょっと(笑)
「人のパーソナルスペースを侵食しない、というのが大事ですね。同居人たちの恋人とか、推しの話もこちらからは聞かないですし。『今何にハマってるの?』とかも聞かないです。人には人の推し方があるので。たとえば本にも書きましたけど、投票型のオーディションに参加している同居人に『私も推しに投票しようか?』と聞いてみたら、『いや、それは違うと思う』と言われて。スン……ってなりました(笑)。人には人の推し方があるんだなと思いました」
− オタクならではのエピソードですね(笑)
「食べ物系は本当に充実していて、この本の刊行記念に同居人が鯛を焼いてくれたりもしました。そこまでしなくても……と言ったんですが、『人の出版をダシに凝った料理を作りたいだけだ』みたいなことを言っていました (笑)」
− 何らかの理由で、今の家から引っ越さないとならなくなったとしたら、物件探しのときのこの条件はいらなかったなとか、今度はこの条件で探したいというのはありますか?
「今、確実にほしいのは『断熱』です。さっきも言ったように、冬が寒すぎるので! 窓に断熱材を張ったり、リビングにガスファンヒーターを、脱衣所にカーボンヒーターを導入したりで、なんとかしのいでますけど、みんなモコモコしてます。着る毛布やあったかい靴下を履いたりとかして努力はしてますけど」
− でもそれも同年代の女性と住むメリットかもしれませんね。もっと若い子とか男性と住むと、体感温度の差があるから、熱い寒いの感覚が違うじゃないですか。
「それはあるかもしれないですね。エアコンの設定温度で揉め事になる可能性とか(笑)。あとは、今後の物件もビルドイン食洗機はあったら嬉しいですね、今の家はそれがあってかなり助かっているので。ぜい沢をいうと床暖房もあると嬉しいですね。
あとは、今の家はドアが古すぎてつけられないんですけど、スマートキーはつけてみたいですね。鍵かけたかな? って不安になるときがあるので、スマホを使って鍵をかけられるとすごく便利ですよね。
逆に『いらなかった条件』というのはそんなにないですね。トイレも2個あってよかったし、シューズクローゼットが大きいのもすごくよかったし。今のスペックで鉄筋コンクリートの物件があったら入りたい!」

− お客さんを呼ぶのにルールはあるんですか?
「誰かの知り合いなら入れてもいいよ、くらいのルールです。そして、リビングやキッチンとか共有スペース以外には基本的には入れない。共有のスケジュールに『この日、誰々が来ます』と入れておけばOKです。それこそ、誰かが遠征で地方から来る友達を泊めることもあります。これは私の周囲だけの話かもしれませんが、オタクの人って、遠征で友達が泊りに来るから、一人暮らしのときから、友達が寝る用のセットを持ってる人多いですよね(笑)。私も来客用寝袋を持ってましたし」
- なんだかオタクって最高! って思えてきました(笑)。では最後に、同じように友達同士でルームシェアをやってみたいなあと思っている人に向けて、ここがルームシェアのよいところ! というのを改めて教えてください。
「まず、家で食べるもののクオリティーが上がりました。ちょっといい塩とかなかなか使い切れない変わった調味料だったり、ちょっとお高い食べ物も量を買うと安くなったりしますよね。そういう “ちょっと” のクオリティーの向上は嬉しいですよね。
あとは生活コストという点でいうと、一人暮らしでも『ひたすら切り詰める』という意味での節約ってやろうと思えばできるじゃないですか。でも、『生活クオリティーは落としたくないけどかかるお金を下げたい』という人には、ルームシェアはおすすめかもしれません。ネットや雑誌に載っている節約情報記事を読むと、『趣味に使うお金は月額5千円まで』と書いてあるんですけど、5千円ってライブ1本、10連ガチャ1.5回くらいで使ってしまえる金額なので、私のようなタイプにとってはあまり現実味がない。趣味に使うお金を下げずに固定費を下げられたのは最大のメリットでした。
もちろん、不安材料があるならやらないほうがよくて、本にも書いた通り、万人に勧められるかというとわからないんですけど、大人になってもオタクを続けたい人には向いている暮らし方なんじゃないかなと思います」
『オタク女子が、4人で暮らしてみたら。』
著:藤谷千明 発行:幻冬舎
一生を約束したくはないけれど淋しいから誰かと暮らしたい、推しのグッズは増える一方なので広い部屋に住みたい、節約して将来への不安に備えたい……同じ悩みを抱えるオタク女子4人がルームシェアをすることに! 本名すら知らなかった仲間との生活は、オタクならではの出来事や会話が飛び交う毎日で、全然キラキラしてないけど、すごく楽しい。そんな4人が同居に至るまでと、春夏秋冬の暮らしを綴った、ゆるっと日常エッセイ。
Text by 藤坂 美樹 Photo by 松井 和幸