一級建築士夫妻のこだわりがぎっしり! 家族の成長とともに姿を変えるおうち

お部屋は、そこに住む人の価値観が反映された特別なスペースです。今回は、ご夫婦で建築関係のお仕事に従事するY様ファミリーのご自宅を訪問。家族が増えるタイミングで、この先数十年の人生を見据え、注文住宅を購入することを決意したと言います。

特に設計職に就かれている旦那様のこだわりが随所に詰まったお部屋を、取材させていただきました。

賃貸か、購入か、新築か、中古か……?

ダイニングからリビングをのぞむ

職場で出会い、結婚されたというY様ご夫婦。建築関係のお仕事ということで、元々「結婚後は注文住宅を建てる!」と決めていらっしゃったのかと思いきや、実際は考えつくすべての選択肢を検討したんだそう。

「結婚後は元々二人で、賃貸物件に住んでいました。子どもがほしいと思っていましたが、そこはメゾネットタイプだったので、さすがに子育てには向かないだろうということで、どのみち引越すことにはなるだろうなと。それで引越し先については、中古物件のリノベーションや建売住宅など幅広く、何年もかけてゆっくり検討していました」

− 最終的に、注文住宅に決めたのはなぜですか?

「いろいろ計算していったら、金額がさほど変わらないことに気づいたからです。それから、建売住宅には “欲しいものがなくて、不要なものが多い” という印象で、希望に合う物件に出会えませんでした。不要なものというのは具体的には、トイレが2個ついていたり、床暖がついていたり、というポイントですね」

ダイニングエリア

− ご家族で暮らすと、トイレは2個以上ほしいという方も多い気がしますが……!

「実家が大家族で7人で暮らしていたのですが、トイレ1個でなんとかなっていたので、3人だったら絶対に1個で足りると思いまして(笑)。それに歩いて10秒の距離に、トイレ2個いるかなあ……。

建売住宅は『売れる条件』が詰まっていますが、設計者目線では不要なものが多いという感想です」

− なるほど! 確かに、限られた敷地面積の中におうちを建てるのですから、不要と思う設備が場所を取っているのはもどかしいですね。逆に、ご自身の “ほしいもの” はなんですか?

「リビングとダイニングを区切る、この30cmの段差です。この段差があることによって、リビングにいても、ダイニングで椅子に座っている人との目線が合うんですよね。そして、全部平場にしてしまうと、歩く動線が多くなりすぎて、すべて “廊下” になってしまう。床を限界まで使うためには、こんなふうに分けることが有効なんです」

段差が多いおかげで、あちこちに腰掛けることができる

居場所をいろんなところに作れるというメリットもあります。段差に腰掛けることもできるので、このLDKはたぶん15人くらい来てもみんな腰をおろしておしゃべりできますね」

− 言われてみれば、本当にそうですね! ご自身の中で理想とするご自宅を過不足なく作ろうと思ったら、やはり注文住宅に行き着いたということですね。

旦那様の考える「過不足のない」自宅

− 図面は旦那さんが自ら引いたと伺いました。普段のお仕事でもされていることなのでしょうか?

「普段はオフィスビルの設計をしているので、住宅の図面を引いたのは初めてです。いろいろと違うこともあって戸惑いましたが、一方で役立つ知識も多かったです」

− そうなんですね! ぜひ、こだわったポイントを教えてください。

「一番は、余裕をもった間取りにすることです。普通の建売住宅だと、この敷地であれば4LDKにすることが多いと思います。でもうちは、2LDK。2部屋を減らしているけど、その分リビングに “さまざまな用途に使える空間” を作っておくことで、『自分でその空間の生かし方を考えて、時に応じて変えていく』という使い方ができます。これがもし、“部屋” になってしまっていると、そこはもう『誰かの部屋』として固定されてしまうので」

LDKの一角で、お子様が遊ぶ

− 流動性をもたせているんですね。

「子どもと一緒に暮らすのって、20年前後じゃないですか。その中で、自分の部屋がどうしても必要な時期は10年程度。これから何十年も暮らす家に、10年のための部屋を今のうちから確保する必要があるのかなって。それだったら、リビングの一角も思い切ってバルコニーにしたかったんです」

− このバルコニーも印象的ですね。これは、容積率などの都合で作ったものではなく、こだわりをもって作られたものなのですよね?

「自分が設計の仕事をする中で個人的に感じていることが一つあって、“豊かな空間” を作ろうと思ったら、(容積率や建蔽率の)数字を無理に使い切らないほうがよいように思います。そのほうが数字ではなく空間そのものと向き合えますので。

事業的に考えたらそれらは99.9%使い切るのが当たり前なのですが、この家では全然使い切っていないです。必要最低限の範囲で、自分たちのほしい空間を確保するということを優先しました。そうすればコストも下がりますし」

180cmの壁に囲まれたバルコニー

− バルコニーの壁が高くて、プライバシーも守られているのでよいですよね。夏にはお子さんとビニールプールで遊べますね。

「『本当にこんなに壁高くするんですか?』ってハウスメーカーに何度も確認されたのですが(笑)、1.8mの壁で囲っています。隣地がまったく見えないようにしたくて。ここが住宅街だということを忘れられるような設計にしたかったんです。

玄関口も同様の理由で、奥まったところに作っています。道路からすぐに玄関、すぐにリビング、ではなくて、あえて遠回りな動線を作ることによって、帰宅時に気持ちを切り替えられるようにしているんです」

− リビングの天井の高さもすごく開放的です。

「元々これはやりたくて、だからLDKは絶対に2階と決めていました。一番高いところで3.7mくらいあります。

コストは通常の建売より安くなるように、切るところは切ってます。リビングの天井も梁型も、本物の木表しではなく木調クロス貼りになっているだけなんですよ。また、住宅は床面積で金額が決まるので、キッチンの壁を30cm前に出すことで、60万円くらいコストカットできました」

コストカットの観点から、30cmほど前に出したキッチンの壁

壁紙もインテリアも、好きなものを好きなだけ

− 間取りだけでなく、壁紙の配色なども個性的だと感じるのですが、これも旦那様の好みですか?

「仕事と違って誰にもプレゼンする必要がないので、僕の好みで自由にやりました。と言っても一応、Pinterestでイメージ写真を探して、妻に共有はしましたが……」

− 照明などもかなりデザイン性が高いものが、見事に調和しているなと感じます。

来客時には、カウンターキッチンからお酒を提供することも

「普段の仕事でも、こうしたものは設計者が選ぶことが多いので、知見はある程度生かせました。かけている絵は、今までに出かけた先で気に入って買ったものなどで、新しい出会いがあれば随時掛け替えていっています。

唯一最初から決めていたのは、玄関にかかっているマーク・ロスコの絵です。僕たちが初めて一緒に美術館に行ったときの展示がロスコで、娘が生まれた病院の廊下にもたまたまロスコの絵がかかっていて、縁があるなと。この絵は娘のイメージにぴったりだと思って、購入しました」

存在感を放つロスコの絵画

− 一枚の絵にもストーリーが詰まっているんですね……!

「間に合わせで適当に買った絵もあるんですけどね(笑)」

生活に関するリテラシーは、賃貸物件で養った

− それにしても、本当にこだわりの詰まったご自宅ですね。これまでも、お住まいにはさまざまなこだわりがあったのでしょうか?

「個人の話でいうと、この家に引越すまでに4つの賃貸物件に住みましたが、家賃3万円台のアパートから10万以上のデザイナーズマンションまでさまざまでした。いわゆるこだわりのあるタイプの人間ではなかったです。なぜ適当に物件を選んでいたかというと、個人的なこだわりや譲れない条件というのは、結局は現時点での住空間に対する自分の想像力の限界でしかないと思っているからです」

− 確かに! 住めば都ということばがあるように、実際に住むまでわからないことは多いですね。

「今まで気づかなかった自分にとって居心地のよい空間の広さだったり、そこに住まなければ知らなかった街のよさであったり、世間的には普通だけれど自分には必要のないものであったり……自分の想像を超えて予想外のことがどんどん起きるのが賃貸物件のよいところです。いやなら引っ越せばいいし、そのぶんさらに何かに出会える。そんなよいことってありますか?

賃貸物件に住んだり引っ越したりという経験の繰り返しは、自分の生活に関するリテラシーをさらに高めることができる、人生においてとても貴重な経験でしたね。その結果、ようやく自分なりの “譲れない条件” が明確になり、このように納得いく家を新築することができたんだと思います」

− ある意味、集大成のようなおうちですね。

「そうですね。ですが、新築だからといって家具を一新して一気にそろえて “完成” させたりはしていません。今までの生活で積み上げてきたものをとりあえず引き継ぎ、ちょっとずつ新しい住まいを作りあげていくのも今まで通りです。ただ、そのスパンと自由度が今までの賃貸物件とは違うだけです。

好きなものをゆっくり増やして、たまに予想外なことに出会って。住み始めて1年ですが、いまはこんな状態の家が来年以降どうなっていくんでしょうか。そのあたりはあまり考えないようにしつつ、今日もどこかで自分の生活をよりよくする “何か” を探している。そんな感じですね」

お気に入りの一角の前で

Text by 鈴木 紀子 Photo by Y様