働き方改革が話題を呼ぶこの頃。新型コロナウイルスの影響により、リモートワークが推奨されたり、交通機関の混雑を防ぐために時間差出勤が行なわれたりと、働き方改革がより身近な存在になったという方も多いと思います。働き方を変えざるをえない今だからこそ知りたい、あたらしい “生き方”。そのひとつにあげられるのが、「複業」です。
今回足を運んだのは、3つの複業を実現している中村龍太さんが住む千葉県・印西市。龍太さんは、リモートワークでサイボウズ株式会社に勤めながら、農業と執筆活動も行なっていらっしゃいます。なぜこのようなライフスタイルに行き着いたのか、複業がもたらすメリットとは。龍太さんの価値観にも踏み込んで、お話を伺いました。
中村 龍太(なかむら りゅうた)●サイボウズに所属しながら農業を行なう複業家。日本電気、マイクロソフト(現日本マイクロソフト)を経て、2013年、サイボウズとダンクソフトに同時転職。2015年、NKアグリに入社し、IoTでリコピン人参を栽培。現在サイボウズ、自営農家に加え、コラボワークス代表として事業を展開中。複業家としての複業の本質的な考え方を伝える講演実績が多数。著書に、複業からイノベーションを生み出す手法を自ら書いた「多様な自分を生きる働き方」(エッセンシャル出版)がある
7年前、思いもよらぬ形で始まった複業生活
龍太さんが複業を開始したのは2013年のこと。マイクロソフト在職時にサイボウズの社長・青野慶久さんと出会ったことがきっかけとなって、サイボウズとダンクソフトに同時に転職されました。その2年後には、センサー技術を活用した最先端農業を行なうNKアグリの提携社員として就農し、現在は、“複業家” として活動されています。
− 龍太さんの「複業生活」はどのようなものなのでしょうか? ビジネスと農業ということで、並行して行なうイメージがあまり湧かないのですが。
「千葉県の自宅にて、サイボウズの仕事をリモートワークで行ないながら、目の前にある畑で、農業の事業をしています。リモートワークですから、本来通勤していたはずの時間を草刈りにあてて、リモートワークで面談やミーティングを終えたら休憩がてら一度畑を見に行って……と過ごすことが多いです」
− 休憩時間に畑を見に行くというのは、インパクトのある働き方ですね。
「もともとサイボウズは自分で出勤時間を決められたり、給料の交渉をできたりするほど自由な会社なので、柔軟性は高いのです。新型コロナウィルスの影響もあって今月は一度も出社していませんが、出社する場合でも、オフィスがある日本橋まで電車で一本なのでそこまで不便さはありません。
なお、サイボウズでは社長室長をしています。社長室と言っても、社長のカバン持ちや秘書のような仕事ではありません。メンバーそれぞれが社会課題を解決するためのプロジェクトを担当しているのですが、僕はプレイヤーとして動いたり、マネージャーとして全員と面談をしたりしています」
− サイボウズ入社から2年後に、農業を始めたきっかけはなんですか?
「パートナーの両親が農家で、一緒に暮らしているのですが、義父母の手伝いをはじめたのがきっかけです。マイクロソフトで働く前から農業をしていたのが少しずつ変化して、複業のひとつになりました」

− なるほど。龍太さんは「副業」ではなく「複業」と表現されますが、当時にはかなり新しい在り方だったと思います。周囲の反応はどうだったのでしょうか?
「そうですね。働き方改革の活動が盛んになってきたのはここ数年のことですし、僕が複業を始めた2013年にはまだ『働くのは、ひとつの会社だけ』『終身雇用』という考え方が浸透していました。なので、当時は “副業” ですら珍しかったんじゃないかな。ネガティブに受け取られていたということはないのですが、『そんなことできるの?』という反応がたくさんありました」
− 周囲との考え方に大きな違いを感じることもあったと思います。どのように乗り越えたのですか?
「僕自身の肯定と周りの肯定、どちらもそろっていたから続けられました。もともと複業をしたいと思っていたわけではなく、サイボウズに誘われたとき、マイクロソフト時代と比べて年収が落ちてしまうことがわかり、その不足分を副業で補うという話で進んだ、というだけなんです。なので、そのような働き方を『いいね』『やってみよう』と肯定してくれる環境がまずあって、生き方を認めてくれる人たちがいて、僕自身も肯定できたので続けられたと思います」
複業で得られた、相乗効果
− 複業をするとシンプルにタスクが増えますし、マルチタスキングスキルも求められると思うのですが、互いに負担になることはないのでしょうか。
「むしろ、本業が複業に、複業が本業につながることもあるので、複業は楽しいことだらけです。
複業は “入り口” を増やすには最適なんですよ。たとえば、本業とは関係なく訪問した先で、困っている人がいたとしますよね。実際に話を聞きながら自分なりに答えて、必要であればサイボウズの商品について触れてみる。後日問い合わせをいただいたときに、その商品を使って課題解決をすることがあります。こんなふうに、雑談からプロジェクトが始まることも少なくないため、全部の仕事がつながっているんだなあ、と日々感じています」
− サイボウズでの働き方も、龍太さんの生き方も、“目的” はまた別にあって、“手段”としてサイボウズの商品があったり、複業があるのかもしれない、と感じました。
「複業を始めてから、そういう考え方が身につきましたね。ひと括りにするのはよくないかもしれませんが、世の中では一般的に、“夫婦” のうち “夫” は、稼ぎを子供の教育費にあてる役割をもっていますよね。僕自身、お金を稼いで家庭を守ることに不安やプレッシャーがあって、子ども二人が大学生だった49歳にピークを迎えていました。複業を始めたことでそこから脱却して、お金を稼ぐのが “目的” から “手段” になり、自分のなかで何が “目的” かを考えるようになりました」

− そのような考え方は、複業を始めてから自然とするようになっていったのでしょうか?
「僕はさまざまな企業と関わり、多様な働き方をした経験−−−これを『人体実験』と例えていますが−−−を社会に還元したいと思い、その実験結果を共有するために本を書いたり、話したりしています。その過程で、必然と振り返るようになりました。複業で起こった事実をただ話しても伝わりづらいので、自分の生き方や働き方まで結びつけるようにしたら、だんだんと考えが深まっていきました」
大切なのは、チューニングをし続けること
− 複業をする上で、気をつけていることはありますか?
「自分が健やかであれるよう、バランスに気をつけて進めるようにしています。というのも、以前、一週間で4社の仕事をこなしたときに、体調まで最悪にはならなかったものの、忙しくて4社の関係性を崩してしまったんです。それ以来、自分の仕事を家族や同僚になるべくオープンにして、自分では気づかない些細な変化を見てもらい、そのアドバイスを聞きながら仕事量や質を調整するようにしています。数カ月単位で見直して、厳しければ変えてみる。複業は、バランスに気をつけること、手放す勇気が大切だと思います」
− 自分らしい働き方を実現するためには、PDCAも大切なのですね。
「働き方だけでなく、農業との関わり方も毎年チューニングし続けています。僕はリコピンにんじんというのを作っているのですが、一年目は家族みんなで採れたてのにんじんをきれいに磨いて、販売して……とやっていたら、作業量が副業でやるレベルを超えてしまいました。それを経験して、毎年よりよいやり方を模索するようになりました。これをチューニングと呼んでいます。今はにんじんを売るのではなく、ITを使ってデータを取りながら、それをもとに野菜を育てるノウハウを教えています」
− これまでも柔軟に働き方や生き方を変えてこられた龍太さんですが、将来についてはどのようなビジョンをおもちなのでしょうか。
「表現があまり得意ではないのですが、ありのままの僕を見てほしいです。それで興味をもってくれた人が集まってくれて、楽しめたらそれでいいかな、とすら思っていて……。昔から、『何かをしよう!』と勢いよく始めるよりも、会話から紡ぎ出されるものを少しずつ、小さく始めたいんです。
最近は、食と農をつなげる場づくりをしようと、畑をオフィスにした『印西グリーンベース』を建設しています。ゆくゆくはそこでカフェを開いたり、野菜の販売所にしたりと、いろんな使い方をしたいな、と考えています。幼少期はレゴで遊んでいたのが、今は大きな『印西グリーンベース』を作っているように(笑)、これからも “作り出したもの” にワクワクが詰まっていたら嬉しいです」

Text&Photo by 高城 つかさ Editing by 鈴木 紀子